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【教会コラム】土地の買い戻しの権利のあるイエス・キリスト


Hatena

 霊の世界の法には罪人に罰を与える「罪から来る報酬は死」という法があるかと思えば、反対にその罪を贖える法もあります。最初の人アダムが罪によって敵である悪魔に任された権力を取り戻すには、罪を贖える霊の世界の法を適用しなければなりません。はたして最初の人アダムが敵である悪魔に任された権力を取り戻す法とは何でしょうか? 神はこの法に従って、奥義として世界の始まる前から人間の救いの道を備えておられました。

 

 

1. 地を売り買いするのに適用される土地の買い戻しの法

 [レビ25:23_25]に「地は買い戻しの権利を放棄して、売ってはならない。地はわたしのものであるから。あなたがたはわたしのもとに居留している異国人である。あなたがたの所有するどの土地にも、その土地の買い戻しの権利を認めなければならない。もし、あなたの兄弟が貧しくなり、その所有地を売ったなら、買い戻しの権利のある親類が来て、兄弟の売ったものを買い戻さなければならない。」とあります。つまり、地はすべて神の所有なので、買い戻しの権利を放棄して売ってはならないし、ある人が貧しくなって、地を売ったなら、買い戻しの権利によってそれを買い戻せる「土地の買い戻しの法」を説明しているのです。
 イスラエルでは、契約書にどんな経路で土地を売り買いするのかという過程と、返してもらえる土地の買い戻しの内容を記録させます。そして、売る人と買う人が印鑑を押して証人たちを立てます。それから、契約書の一部はおきてに従って封印して聖殿の倉に保管し、もう一部は封印しないでいつでも見られるように聖殿の入口に開いておきます。これは、いつでも親類が来て、代わりに土地を買い戻すようにし、親類の中にも買い戻す人がいないなら、本人が暮らし向きが良くなって、それを買い戻す余裕ができたなら、買い戻すようにしておいたものです。
 同じように、アダムの不従順によって神と悪魔の間にも、土地の買い戻しの法に従って契約が交わされました。アダムが神のことばに聞き従わなかったので、世界の国々を従えるすべての権力が悪魔に任されるようになりました(ルカ4:6)。しかし、すべての権力はもともと神のものなので、土地の買い戻しの法に従って返してもらえるのです。それで、愛と公義によって働かれる神は、世界の始まる前から土地の買い戻しの法にかなう者としてイエス・キリストを備えられ、時になると十字架の苦しみによって人間の救いの道を開いてくださったのです。

 

2. 土地の買い戻しの権利のある人の条件とイエス・キリスト

 [黙示録5:4]には神と悪魔が契約した巻き物のことが記されています。これは「アダムが神のことばに聞き従わなかったので世界の国々を従える権力が悪魔に任されるようになったが、買い戻しの権利のある人がいれば、その権力を返してもらう」という契約書です。
 ところが、使徒ヨハネが見ると、巻き物が七つの封印で封じられていて、封印を解くのにふさわしい者がいなくて、激しく泣いていました。すると、長老のひとりが、「泣いてはいけない。見なさい。ユダ族から出た獅子、ダビデの根が勝利を得たので、その巻き物を開いて、七つの封印を解くことができます。」と言います。つまり、ダビデの根であるイエス様が土地の買い戻しの権利のある方だということです。
 それでは、土地の買い戻しの法にかなう救い主の資格条件とは何でしょうか?


 第一に、アダムの親類である「人」でなければなりません。
 [ローマ5:12]に「ちょうどひとりの人によって罪が世界に入り、罪によって死が入り、こうして死が全人類に広がったのと同様に、──それというのも全人類が罪を犯したからです。」とあります。ところが、19節には「ちょうどひとりの人の不従順によって多くの人が罪人とされたのと同様に、ひとりの従順によって多くの人が義人とされるのです。」とあります。つまり、誰か罪を贖える人がいれば、滅びの道を歩んでいた全人類が救われることができるのです。
 土地の買い戻しの法によれば、お金がなくて土地を売るようになっても、それを買い戻せる余裕ができれば、いつでも買い戻せます。もし本人に買い戻せる余裕がないならば、親類が代わりに買い戻すことができます。したがって、罪を犯したアダムが敵である悪魔に渡した権力を取り戻せる存在はアダムの親類である人でなければなりません。
それでは、イエス様はこの条件にふさわしい方でしょうか? イエス様はことばである神が人となって、この地上に来られた方です。つまり、人として生まれたので、土地の買い戻しの第一の条件を備えた方です。


 第二に、アダムの子孫であってはなりません。
 アダムが不従順の罪を犯したので、彼の血を引いた全人類は原罪を持って生まれるようになりました。したがって、このような人類の罪を贖おうとするなら、アダムの子孫であってはなりません。罪人が罪人の罪を贖うことができないからです。
使徒ヨハネがアダムの子孫でない人を見つけようと天を見ると御使いだけがいて、地を見るとアダムの子孫である罪人たちだけがいて、地の下を見ると地獄に属するものだけだったので、激しく泣きました(黙示録5:1_3)。
 それなら、イエス様は土地の買い戻しの法の第二の条件に合う方でしょうか? イエス様は肉的にはダビデの根ですが、男女が結婚して宿った方ではないので、原罪がありません。私たちの罪を贖うために人としてお生まれになりましたが、神の力によっておとめマリヤのからだを借りて、聖霊によって宿られたので、アダムの子孫ではありません。


 第三に、敵である悪魔に勝てる力がなければなりません。
 他の人の借金を返してあげたい心がいくら切実でも、自分にそれほどの余裕がなければ何の役にも立ちません。同じように、罪を贖おうとするなら、それほどの力がなければなりません。霊の世界では罪がないことが力であるので、敵である悪魔に奪われたアダムの権力を取り戻すには、罪があってはなりません。それでこそ、敵である悪魔を支配して従える権力を持てるからです。
 はたしてイエス様は土地の買い戻しの第三の条件に合う資格を備えておられたでしょうか? イエス様はアダムの子孫でないので原罪がありません。生まれて八日目に割礼を受けて、十字架につけられて死なれるまで三十三年間、律法を完全に守り行われたので、自分で犯した罪も全くありませんでした。ただ神のみこころに従って、愛によって律法を全うされた方です。このようにイエス様は全く罪がないので、土地を買い戻す力があります。


 第四に、命までも与えられる愛がなければなりません。
 先に説明した三つの条件が全部成立するとしても、最も重要な愛がなければ、何の役にも立ちません。兄がいくら金持ちであっても、愛がなければ弟の借金を返してあげられないのと同じことなのです。
 ルツ記4章には、ボアズが貧しかったナオミのことを知って、最も近い親類に買い戻しの権利を行使するように勧めている場面が記されています。すると、彼は「私には自分のために、その土地を買い戻すことはできません。私自身の相続地をそこなうことになるといけませんから。あなたが私に代わって買い戻してください。私は買い戻すことができませんから。」と言います。その土地を買い戻せる一番近い親類は自分自身の相続地をそこなうことになるといけないと思って、土地を買い戻すことを断ったのです。
このように親類に土地を買い戻せる余裕があっても、愛がなければ買い戻せません。結局、ナオミの次の親類であるボアズが土地を買い戻せる余裕があって、愛もあったので、彼の代わりになったのが見られます。
 イエス様には人類に向けられた大なる愛がありました。もしイエス様が十字架につけられて血を注ぎ出して死なれる犠牲的な愛がなかったとすれば、罪を犯したアダムによって敵である悪魔の子どもになった人々を神の子どもとして取り戻して来ることができたでしょうか?
 イエス様はこの地上に来られて、罪人を赦し、さまざまな病人をいやし、悪のきずなを解いてくださり、平和と喜びと愛を下さり、ただ善だけを行われました。それでもあらゆる苦しみとあざけりにあって、ついには全人類の罪を代わりに負って木の十字架にかけられて死なれました。このようにイエス様の途方もない犠牲と愛があったので、人間の救いの道が開かれたのです。
 したがって、何の罪もなく木の十字架にかけられて死なれ、三日目によみがえられたイエス・キリストを信じれば、誰でも神の子どもとされる特権を得て、天国のいのちの書にその名が記されます。ただイエス様だけが土地の買い戻しの権利のある方であり、死の力を打ち破ってよみがえられたイエス・キリストのほかに、だれによっても決して救いはありません(使徒4:12)。このようなことを悟って、イエス・キリストを受け入れて神の子どもとされる特権を取り戻し、すべてのことに幸いを得ている生き方になりますように。

 

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