decoの凸凹Everyday7

ギフテッド、マイノリティとして生きる。生活の知恵探しブログ。凸凹な日常での発見・悟り・考えていることを綴ります:)。

私を死なせようとしたもの


Hatena

 

 約2年間ぐらいだっただろうか。
 毎日のように、死にたいと思っていた。

 

 住む家も、食べる物も困らなかった。
 安定した仕事があって、満足に生活していける収入もあった。
 家族は健康だった。遠く離れていても、時々訪ねてくれる友人がいた。

 

 不足など無かった。
 それなのに、私は死にたいと思っていた。


 朝起きて、意識がはっきりなるにつれて、涙が出た。
 カフェイン剤に頼って元気を絞り出し、これ以上自分が傷つけられない為に、笑顔をふりまきながら一日一日を過ごした。
 夜は不安に襲われていた。疲れるまで泣いて泣いて泣いて、眠った。


 自分はダメなやつだ。
 私は役に立たない。
 誰も私を必要としない。

 

 そんな思いでいっぱいだった。


 そう。


私を死なせようとしたもの、

それは「自己否定感」だった。

 


 今の私だったら、自己否定感が発芽する前にでも、その種を根こそぎ掘り起こすだろう。
 でも、あの時の自分は、どうすることも出来なかった。
 芽をだし、大きく成長した自己否定感が全身に蔓延し、そのツルにきつく手足を縛られていたからだ。

 

 両目はツタで覆われていた。
 光も希望も、全て隠された。
 見えるのは、暗闇。
 そして、無気力な自分だけ。

 

 暖かい叫び声も聞こえず、大切な人がすぐ側にいることでさえ気づかなかった。
 とても寂しかった。

 

 いつか死が怖くなくなったら、全てを捨てて、終わりにしたいと考えるようになっていた。

 


 今あるものに感謝出来ず、不平不満ばかり言っている私は、傍から見れば、わがままで自己勝手だったかもしれない。
 言われるまでもなく、私もそんな自分を何度も責めたし、何とか感謝の出来事を探しながら、必死にネガティブの泥沼から抜け出そうとした。
 でも、頭で分かっても、心は動かなかった。
 自分が「出来る」こと自体信じれなくなってしまうと、人は、もがく力でさえも無くなるのだ。

 


 幸い、私はその後、恩師となる方、家族、友人達に励まされ、ささやかながらも自分が出来ることを少しずつ見つけ、思い出しては、それを自己肯定感につなげた。


 今、あの頃をふりかえって思うのは、
自己否定感を絶対に
放っておいてはいけない
ということだ。


 謙遜のつもりで口先で「私は全然ダメです」と放った言葉も、後々自分に悪影響をもたらすことがある。
 何気ない一言が、自分の潜在意識に働きかけてしまうからだ

 

 褒められたら、素直に「ありがとう」。
 まだ自分が足りないと思うのなら、「もっと良い自分になれるよう頑張ります」。
 そのように言葉を変えるだけでも、気持ちが全然違ってくる


 そして、自分を肯定する際に、条件をつけないことも大事だ
 「○○だから、自分は出来る」のではなく、ただ「自分は劣っていない、自分は出来る人だ」と認めてみよう。
 愛も、自己肯定感も、無条件であればある程、ゆるがないし、打たれ強いものだ

 


 今の私は、もう死にたくない。
 いつの間にか、世界が輝いて見えるようになった。 

 

 

 

 

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