decoの凸凹Everyday7

ギフテッド、マイノリティとして生きる。生活の知恵探しブログ。凸凹な日常での発見・悟り・考えていることを綴ります:)。

年中行事はこぞって騒ぐだけのものなのか


Hatena

 

 私は昔からよく、「世間離れしている」と言われている。

 

 一人行動を好む。
 今時の話題に関心がない。
 流行りにのらない。

 

 そして、可能であれば、イベント事は避けるようにしている


 バレンタインにエイプリルフール、七夕にハロウィン……
 町中がワイワイと賑やかになるのを目にしつつも、私は淡々といつもの生活をしているだけなのである。
 特に祝ったり、何かしたりすることはない。

 

 「特別な日」が訪れると、その非日常感楽しむ人が多いと思うが、私はそれがかえって苦痛なのだ。

 


 まず、所謂「〇〇の日」、「○○デー」の起源や意味を、私は全て理解している訳ではない。


 なぜエイプリルフールは嘘をつかなければならないのか、
 なぜ七夕に願い事を書かなければならないのか、
 なぜハロウィンになるとパーティをしたりするのか、
……

 

 もちろんネットをつついて調べれば簡単に分かることだが、知ったところで、それが自分の生活と何か密接な関わりがあるとは思えないのだ。
 なので結局、過ごす意義を感じない。

 

 

 特に、「〇〇の日だから」ということで、特定の相手に贈り物をする・優しくする、といったイベントについては、違和感しかないのだ。
 指定された日だけでなく、普段から常に親切にした方が良いのでは?なんてひねくれたことを考えてしまう。


 更に、この日に気持ちを伝えないと、普段コツコツとしてきた親切も帳消しにされそうな傾向があるのもなんだか怖い。
 なので、こぞって贈ったりもらったりする周りに、仕方なく合わせている。

 

 

 そして、そもそも関心がないのが、語呂合わせを使った「〇〇の日」
 例えば、「1月5日、いちごの日」や、「2月9日、肉の日」等々の類だ。
 儲け上手の人たちに無理矢理のせられているようで、なんかぎこちない。
 関連商品が安くなるのは助かるが。
 

 

 けど、年中行事が嫌いという訳ではない。
 何かを記念したり、季節の変わりを感じたり等、裏付けがあり、且つ生活とつながりを感じる行事は好きだ。
 むしろ、大事にするべきだと思う。

 

 例えば、大晦日や正月、旧暦の二十四節気。
 そして私はクリスチャンなので、キリストの誕生を祝うクリスマスや、復活を記念するイースター、一年の収穫を祝う感謝祭も過ごしている。

 

 誕生日祝いも大事だと思っている。
 この世に生まれ、傍にいてくれてありがとうという気持ちも含めて、おめでとうと伝えるのだ。

 


 人は忘れやすい生き物だ。
 大きな出来事も、大切な人への思いも、四季の流れを感じることも、つい忙しい日々に流されがちだ。
 それらを思い出させる為に、記念日というものがあって、それに伴った行事がある。
 ある意味、「儀式」のようなものではないか。


 厳かに、とまでは言わないが、せめて心を込めて過ごしたらどうだろうか。

 


 結局何を言いたいかというと、ただ騒いで終わるような、むなしくなるだけの年中行事の過ごし方はどうだろうか、ということだ。
 その一瞬の儚さこそが楽しみだと思う人もいるだろうが。 

 

 

 

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