decoの凸凹Everyday7

ギフテッド、マイノリティとして生きる。生活の知恵探しブログ。凸凹な日常での発見・悟り・考えていることを綴ります:)。

携帯が家庭共有品だった頃


Hatena

 

 携帯はプライバシーの塊だ。

 

 個人の趣味嗜好を示す音楽やゲーム、
 家族・友人関係が分かるSNSアプリ、
 日常生活の欠片である写真・動画、
……

 

 今や携帯はすっかり個人用品になり、許可なしに相手の携帯を見るのはマナー違反行為となった。
 そのまま他人の中身を一部覗くようなものだからだ。
 

 

 けど、ひと昔前はそうではなかった。
 少なくとも我が家では、
携帯は家族全員の
共有品だった。

 


 普及したての頃、携帯はハイテク製品だった。
 高価であった為、到底1人1台持てるようなものではなかった。

 

 ただ、特に必要性も感じていなかったように思う。
 家にいれば固定電話が使えたし、外出時の連絡は公衆電話で間に合っていた。

 

 でもあればそれなりに便利なので、親が奮発し、1台を購入。
 それ以降、外出する人がいれば、早い者勝ちでそれを持って出かけるようになった。


 「外出用家庭電話」のような役割を果たしていたのだ。

 


 今では考えられない現象だが、当時はまだ番号と個人がリンクされていなかった

 

 固定電話と同様、番号は一家共通である為、時々家族の知り合いからの電話も来る。
 受ける回数が増えるにつれて、おばあちゃんのマージャン仲間とか、母の古い友達とか、妹のクラスメイトの名前とかも分かってくるようになる。
 声を覚えられ、相手先から
「お、今日は〇〇ちゃんが携帯持っているのか?」
なんて言われることも。

 

 それを通して広い人間関係の繋がりが出来たり、知り合いの口から普段見られない家族の一面を知ったりすることも出来た。
 不便もあったが、それなりに面白かった。

 


 ただ、ショートメッセージやメール、SNSが流行るにつれて、携帯の共有がどんどん不可能になってしまった。
お互いに見せたくないものが

増えてしまったのだ。

 

 更に、ゲームに没頭したり等、一人当たりの使用時間も多くなって、携帯はもはや奪い合う存在になり、それを巡って喧嘩も起こるようになった。

 

 我慢出来ずに、ついに親が2台目、3台目を購入。
 1台目のお古は、お下がりして私のものとなった。


 携帯をのびのびと使い放題出来るようになれた嬉しさと同時に、物悲しさもあった。
家族の間に、見えない壁が出来てしまったのだ。

 


 こそこそと画面を隠しながら操作している家族を見る度に、距離を感じた。
 自分に隠し事をする家族が嫌だったが、それと全く同じように、自分も家族に隠し事をするようになった。

 

 携帯は遠いところにいる人同士を繋げることが出来るが、身近な仲を引き裂くものだと、幼いながらに思った。

 


 この切ない記憶から、出来る限り隠し事の無い大人になろうと、今も私は努力している。

 


 そんな私のスマートフォンは、信頼できる家族・友人なら誰でも気軽に弄れるようになっている。
 アルバムも、SNSも、アプリも。

 

 ただ、一部チャット履歴に対しては、チャット相手が内容を見られるのを気にすることもあるので、それはあまり見ないように勧めてはいるが。 

 

 

 

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