decoの凸凹Everyday7

ギフテッド、マイノリティとして生きる。生活の知恵探しブログ。凸凹な日常での発見・悟り・考えていることを綴ります:)。

「好き」の対象に、人の心が宿る


Hatena

 

 「好き」という気持ちは、不思議だ。

 

 愛する人が傷つくと、自分が傷ついたように痛むし、
 他人が趣味や好みに対し低評価をつけると、自分への悪口のように感じてしまう。

 

 まるで、それが自分と一体であるかのように。


 大げさかもしれないが、人は、好きなものに自分の一部を預けていると、私は思う。
 「好き」の対象から慰め、安らぎを得られるということは、心がそれと寄り添っているからだ。

 

 

 たまにだが、やたらと人の好みに首を突っ込んでくる者がいる。

 

 好物について話すと、「はぁ?!それ美味しいの?」と言ったり、
 「なんでそんなものに夢中になれるの?」と嫌味のように趣味について聞いてきたり。

 

 価値観が違うだけで、別に間違ったことをしている訳ではないのに、どうしてそんな態度を取るのだろう。

 

 挙句の果てには「なんか意味あるの?」の一言。

 

 私も分からないよ。

 

 あるものに心が惹かれたことに、
 そこまで論理的な説明が果たして必要だろうか。

 


 好き嫌いは人それぞれで、ほぼ真逆の嗜好を持つ同士だっている。
 「なんであんなものが好きなのだろう?」と不思議に思うことがあるのも当たり前だし、完全にお互いの気持ちを理解することは難しいだろう。
 従って、無理矢理価値観を合わせる必要ももちろんない。

 

 が、少なくとも相手の「好き」の権利を尊重されてはいかがだろうか

 

 誰かの好みに対しあれこれとコメントをする者たちは、自分はただ個人的な観点を述べているとだけ認識しているようだが、私としては、自分そのものが否定されたようでとても不愉快だ。

 

 「はぁ?!それ美味しいの?」はつまり、
「美味しいと感じている君っておかしい!」
であり、

 「なんでそんなことに夢中になれるの?なんか意味あるの?」は、
「あなたって無意味で無駄な人間ね!」
であるのだ。

 

 だから、

誰かの「好き」を叩くということは、

それを好んでいる本人を叩いていることになる。

 


 好みに宿っている、それぞれの心を大事に。
 お互いの「好き」に、もっと優しくなりましょう。  

 

 

 

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